独自の世界
Loke Utgardは、アダルト映画と物語づくりの間のどこかにいる。
物語は、何を作っているのかをごまかすためにあるわけじゃない。これは露骨な性描写を含むアダルト映画だ。ただ、そこに人がいる理由と、最後に起きることへ向かう現実味のある道筋があれば、幻想はずっと強くなると思っている。
この人たちは誰なのか? なぜ出会ったのか? 二人の間で何が起きているのか? そして何が、ありふれた状況を少しずつ親密なものへと変えていくのか?
その積み重ねも、体験の一部だ。
視線、会話、思いがけない機会、普通とは違う関係、あるいは単に、ちょうどいいときに間違った場所、もしくは正しい場所にいること。それだけでも、いきなり露骨な場面へ飛ぶより、幻想を強くすることがある。
物語は、感覚をくすぐり、期待を膨らませ、見る人が自分をその中に置いて想像できるものを与えるためにある。露骨なフィナーレが目的地であることは変わらない。でもそこへの到達は、関係のない場面の最後に付け足されたものではなく、それまでの流れの自然な結末に感じられてほしい。
主に作っている相手は、自分もその一人だからこそ理解できる観客だ。日常には予測できないことや幻想よりも、決まりきったことや責任のほうがずっと多いかもしれない、普通の中年男性。
その観客にとって、「これは自分だったかもしれない」という感覚に興味がある。
普通の男。現実味のある女性。ありそうな場所。予想外のことが起き、状況が変わり、境界線が動き、ありふれた場面が、普段なら想像の中だけにあるものへと変わっていく。
技術的な質は大切だ。でも技術の完璧さだけでは、その「自分を重ねる感覚」は生まれない。誰に替えても同じような出演者や、一秒も信じられない設定でも同じだ。
目指しているのは、物語づくりと露骨な性描写を含むアダルト映画を結びつけ、それぞれでもう一方の力を高めること。
本当の人間。本物の相性。現実味のある幻想。
